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バンザイファクトリーの紹介
- 弊社は3.11東日本大震災をきっかけに、津波での最大の被災地となった三陸・岩手県、陸前高田市に移住した高橋一家が経営する工場です。2012年8月2日から縁深い陸前高田市で、1人でも働く人を作り出せる仕事、商品を創出しようと工房を新築し研究開発を自力で始めました。
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- 注目したのは、陸前高田市の花である「ヤブ椿」です。陸前高田市は3.11震災で7万本の松原海岸で一本だけ生き残った「奇跡の一本松」で有名ですが、もう一つ「椿」の物語がありました。震災の津波に負けず多くの椿が生き残っていた事なのです。
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- 6年半、商品開発をしながら、工房が手狭になり陸前高田市内で拡張移転をしようとしましたが、復興工事の遅れや用途土地が無い事から、自宅から15分離れた隣町の大船渡市に作られた復興特区に、2018年5月拡張移転で工場を新築しました。まだまだ陸前高田市も復興工事が遅延していた時期でした。
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- 移転した大船渡市も椿が市の花に指定されています。陸前高田市と同じく椿が震災を乗り越えて多くが生き残っていました。翌年の春には花を咲かせていました。椿は生育がとても遅いのですが、一旦育つと、とても強い木に育ちます。工場のある大船渡市には三面椿(天然記念物)が生きる熊野神社があります。この三面椿は地質調査によると歴史上三回津波に襲われて海中に沈みましたが、それでもなお、1,400年も生き続けています。椿は日本が原産国です。そして大船渡市は太平洋側の椿北限の地です。
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- 椿の強さ、「謙虚な美徳」の美しい花言葉に魅せられて、椿が生き残った姿と、三陸で暮らす人々の生き方、強さ、日本原産の椿は日本人らしい、強さと美しさなのだと考え屋号を「三陸椿物語」と名付けて商品の開発をして来ました。
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- 工場では三陸椿冷麺(蜂蜜と椿油と椿茶で練った)、三陸椿パスタ(断面が星型で加水は椿茶)、そして椿茶、椿紅茶、三陸椿茶煮(砂糖と食塩と添加物を使わない煮物)、椿iPhoneケース(ユニバーサルデザイン)、アルガソルト椿茶(京都の抹茶塩のような椿茶を混合したもの)、などの商品を7年前から順次、今日まで一つづつリリースをしてきました。工場で働く女性達が椿のように強く咲き誇って欲しい、そして、商品を手にするたくさんの方々に喜んで頂きたい、そう願って食品商品には椿を素材として使って来た会社です。
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レッドカーペットプロジェクトの誕生
- 椿茶は工場を始めた2012年から3年の時を商品開発に費やして、2015年の夏から発売しました。当時の従業員8名は、当家以外が被災者であり、自宅が津波で流出したり、身内を失うなどの被害がありました。そのスタッフと共に椿茶を生産するようになりました。時を同じくして2015年冬から5年間続けてきた椿の植樹活動(レッドカーペットプロジェクト)は、その被災したスタッフである1人のお母さんの言葉から始まりました。
「社長さん、私達の暮らした家があった所が草ぼうぼうになって・・寂しいです」
これが動機となった言葉でした。震災前に暮らした場所が更地のままだったり、草ぼうぼうに荒れ果てた姿を見るのは悲しい・・と言ったのです。
それならば椿茶を作っているんだから、被災土地に椿畑を作れば、十何年後にはその場所で皆で椿を採取出来るようになる。そして高台に移転した人達の眼下が椿で埋まって行く、景色も良くなる。皆でやろうとなった訳です。
そこで個人の地主さんや、市から被災土地を借りて、コツコツと椿を植えて行きました。時にはボランティアさん、学生さん、学校、修学旅行に来た横浜の高校生も手伝ってくれました。いつの日か、椿の花が咲く頃、眼下がレッドカーペットのようになって欲しい、そんな願いを込めてこの活動に名前を付けたのが、レッドカーペット・プロジェクトでした。 -
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椿茶に関わる人々
- 五年が経ち、震災の年から働いていたスタッフが高齢になり引退していきました。増員を進めていましたら、ちょうど、震災で仕事が少なくなったり、震災がきっかけで働くことが困難になった人達の支援をしている組織の方や、高齢者の集まる場を運営しているNPO法人さんから、私達に何か出来る仕事は無いかと相談を受けました。椿茶の一次加工をしてみませんか?と提案しました。指定する道具と液体を使って、あくまでも彼らのペースで椿の葉の処理をしていただいた後に工場まで届けていただき、それをキロいくらと決めてその単価で買い取る仕組みを始めました。
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- 現在は延べ30人以上の方々が関わっています。椿茶の一次加工が各施設で写真のように行われています。生産量も上がり、駅や空港、ホテル、旅館の売店など取引先さんも増えました。この作業にはノルマが無いのが特徴です。いつまでに何個、何千個やって下さいのような事が無く、出来高で買い取って良いですよと始めました。それは障がい者施設さん、ユニバーサル就労支援センターさん等ではとても助かる事だったようなのです。ノルマのプレッシャーはかなり強い事なのだと聞かされました。これが多方面に聞こえて行き椿茶の仕事をする取り組み先が増えて行きました。それは県外にも広がり2020年から東京都日野市の社会福祉協議会の関連施設5カ所でも始まりました。被災地での創出された仕事は関東にまで広がりました。しかしこの仕事を創出するには課題も多いのです。椿茶の原料は、海岸近くの崖付近や、近隣の森、畑の周りの椿、家の垣根が椿になっていて、剪定出来ずに困っているお宅から許可をもらうなどして伐採しながら採取していますが、それらは点在しています。まとまった椿畑が近隣にないので、あっちこっちに動き回ります。原材料ストックが夏場は傷みやすいので小まめに採取に行きますが、時には雨の日、風の強い日になる事もあります。各施設共通の椿の採取での課題です。
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- 2019年秋、陸前高田市は中心市街地の復興造成工事が終わりを迎えつつありますが、用途未決定の被災土地が残る事となりました。復興工事の遅延も要因の一つとなったと思われます。我々はここに注目して、みんなが集まることができる椿畑を作るためにその土地を利活用を出来ないだろうかと動き出しました。市の所有する被災土地を使えないかと市に相談してみた所、非営利の法人にしてはどうだろうと助言を頂きました。そして、それはとても良い話しだと御返事をいただきました。そこで今まで個人で行ってきたレッドカーペット・プロジェクトは、2020年6月に非営利・一般社団法人レッドカーペット・プロジェクトとなりました。陸前高田市から2.6ヘクタール(坪数換算7,864坪・東京ドーム半分程度)を2020年7月に覚書を交わしました。これで大きな被災土地に畑を作れる事となりました。
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- 現在その土地に椿畑を作る準備を行なっています。木々に適した土を盛り、傾斜を掛ける工事を行っています。植樹本数が多く、これは自己資金だけでは進みが遅いなと感じていたところ、弊社の商品を出品させて頂いている、クリーマさんからクラウドファウンディングのお話しを頂きました。ぜひこの企画を活用させて頂き、椿の植樹をスタートアップとなる震災から10年、さらに推進させたいと考えてこの度応募させて頂きました。
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陸前高田の椿による循環を担う1人になっていただきたい
- 大きな苗木は5年後、中間の苗木は10年後、小さい苗木は15年後ぐらいから、椿の小枝葉を採取出来ると考えています。市内外の施設の方々や、高齢者施設、子供が小さくて働く場が無い、短時間しか働けない、そんな方々が椿畑に集まって、葉を採取して、いずれ作業場が出来れば1次加工の作業をそこでする。また、実が成れば、それを採取して椿油を作る工場さんが買い取る、破棄する小枝を使って椿墨汁を作って椿書道大会でもしたい。椿のお香を作りたい。そんな夢を持つ産業循環を作りたい。その支援となる椿の苗木をご提供頂くひとりになって頂ければ有り難いです。
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- また、市の所有する山林の中には、大木の足元で陽が当たらずに大きく育ってない写真のような椿があります。ひっそりと芽を出し草刈りで切られて行く椿です。それをレッドカーペット・プロジェクトの畑に移植して陽の当たるようにしてあげたらどうだろうと考えました。この椿の苗木のように陽の当たらない様々な事情を持つ人達が、椿茶の仕事をする為に出て来た時のように、障がいを持った方、なかなか社会で決められた時間内やノルマでは働きにくい、そんな人に陽を当てた仕事のように。守って上げれたら良いなと考えました。
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御支援をお願いします
- 商品代金から苗木に相当する資金を、一般社団法人レッドカーペット・プロジェクト(非営利団体)にバンザイファクトリーから寄付を行います。商品代金の中から苗木を植えさせて頂きましたら、レッドカーペット・プロジェクトのSNSに植えた様子、植えた木の写真を掲載させて頂きます。社団法人のスタートアップなので代表理事は弊社社長が兼任しております。若い子が育ちましたらバトンを渡すまでと。
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植樹した椿にネームプレートを付けさせて頂きます。
- 福島県いわき市にあるバンザイファクトリーととても仲が良い会社、株式会社 磐城高箸さんが制作してくれます。純いわき産ヒノキの間伐材を使って制作して頂きます。お互いに木に関わる仕事をして来て2014年の復興庁が主催する、新しい東北・ビジネスコンテストで大賞を受賞した会社さんです。翌年の2015年の大賞がバンザイファクトリーでした。なんと同じ高橋なので、二人で講演したり、仲良くしていると、親戚なの、兄弟なの、といわれますが、全くの他人でございます。一人に一つをありがとう。バンザイファクトリーの社是でございますが、このクラウドでご支援を頂いた方のお名前と植樹日付を入れて、椿の苗木に取り付けをさせて頂きます。その後はメンテナンスを続けて成長を祈るように致します。SNSで見れるようにして行きたいと思っております。
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バンザイ・ファクトリーについて(インタビューの作家について)
- 高橋和良、高橋美栄子、高橋高橋知子で経営をしています。椿茶や食品は、写真のスタッフさんと一緒に作っています。
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バンザイ・ファクトリーのある地域
- 大船渡市と陸前高田市は隣町でこの地域は気仙地域(昔は気仙郡だった事から)と呼ばれています。
大船渡市は50年前から椿の里構想を市役所が掲げて進めて来たまちです。世界の椿館、椿娘、椿まつりが開催されています。また40年前から椿っ子政策をして来ました。市内に子供が産まれると市から椿の苗木がプレゼントされます。地元の農業高校(合併して名前が変わりました)が苗木を育てて来ました。岩手県北沿岸から宮城県北沿岸地域を三陸海岸と呼び、隆起立ったリアス式海岸は、世界三大漁場と言われます。大船渡市は秋刀魚の水揚げが北海道に次ぐ漁獲高で、わかめは養殖発祥の地です。三陸海岸は国産わかめの70%も生産しています。国内で消費されるワカメの50%は中国産、30%は韓国産、残す20%の中で70%が三陸海岸で生産されている訳です。大船渡のきっぴんアワビは中華食材の最高峰の部類に入ります。銘菓かもめの玉子、アマタケのチキンと加工品も有名です。 -
- この度、椿畑を作る陸前高田市は、震災からの10年でハード面の復興は進みましたが、経済や人口減少が起きている地域です。しかし、奇跡の一本松、気仙川の鮎、ホタテ、牡蠣、まぼろしのイシカゲ貝、わかめ養殖、高田松原海岸の復興、豊かな自然に恵まれた素晴らしい地域に復活を遂げています。一級河川の気仙側が流れる広田湾は、養殖に適した大きな湾です。広田半島には、椿島と呼ばれる地域があり、椿と縁深い土地柄です。三陸復興国立公園・リアス式海岸の中で最も雄大な海蝕景観を誇っている黒崎温泉のある場所は美しく冬に椿が花開く程暖かい地域です。
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バンザイファクトリーのこだわり、地域資源を大切に。
- 例えば木工部門では岩手の木、岩手の漆(国産漆のシェア65%以上)、岩手の南部鉄器(旧通産省の伝統工芸品の認定国内初)を使うなど、原材料を地元の岩手県を中心にしていることが一番のこだわりです。木工品は三次元スキャニング技術による他に類を見ない独自のアイディアを商品にしています。精密度を高めて質感を上げる、それを基本として製造しております。精密な加工をする為に数々の工具作り、切削刃や治具の開発をして来ました。食品製造では砂糖、食塩、添加物を使わない、健康的に配慮する生産をこだわりにしています。原材料はセシュウム検査、栄養素検査、賞味期限検査を確りと行って表記しています。ワカメ最大の産地であり、国産ワカメ養殖発祥の地が大船渡市です。国内最大産地のワカメを栄養満点のまま加工品にする、そして椿、太平洋側の北限椿の里、この地にはあの猛毒な椿やお茶の葉を好む「茶毒蛾」が生息していません。なので無農薬の安全に、お茶・紅茶作りが出来ている訳です。地域の資源を有効に活用する。これからの循環型社会の製造分野での取り組むべきな方向だと思っております。
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手作業について詳しく
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まず、椿茶からです。
① 椿茶は潮風が当たる場所の椿から、枝葉を採取して来ます。潮風がとても良く影響しています。
② 数日倉庫で養生をさせます(ここ大事)。幸いな事に岩手には椿や茶の歯を好む「茶毒蛾」が生息しておりませんので安全ですし、結果として無農薬で育った自生椿を採取出来ます。
③ 工場ではハサミで葉を一枚一枚切り落とします。
④ 手作業で一枚一枚を食用アルコールに浸して洗浄して、葉を磨きます。
⑤ 電機機械乾燥に葉を入れて低温で温度での立ち上がりをゆっくりと設定し48時間行います。ここが椿の葉をとても良い乾燥状態にしてくれるのです。 -
- ⑥ 乾燥した椿葉を手作業で焙煎に適した大きさに砕きます。
⑦ 岩手県九戸村で生産された発酵甘茶を15%ブレンドします。
発酵した甘茶が焙煎される事によって、とてもまろやかな口当たりの良い甘さに変化します。
⑧ 小さいロッドに小分けして、ガス火による焙煎機械に入れて焙煎作業を行います。小さい焙煎機でやる所がミソです。
⑨ 焙煎された椿葉をTパックやリーフにする適当なサイズに手作業で揉み砕き仕上げを行います。
⑩ 手作業で計測しながら袋詰めをします。 -
- ⑪ 手作業で一個一個をシール(圧着)作業を行い賞味期限を打ち込んで椿茶は完成します。
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- 木工部門は丸太から買い付けます。
❶ 岩手県森林組合さんから一年間乾燥させた材木が、板になって大船渡工場に届きます。
❷ 工場ではさらに半年〜一年間の安定乾燥をさせます。
❸ 歪みを取る為に面出しの作業を行います。(約20分) -
- ❹ NCルーターに設置して、外形の荒削り、仕上げ削りをします。木材の硬さによって削りあげる速度や回転数を調節しながら削ります(約4時間)
❺ 特殊な刃を使用して、内側を削ります。木材が加工で熱を持ち歪む場合があるので、一旦休ませます。(40分程度)
❻ iPhoneの縁部分を刃を替えて削ります。(約3時間)
❼ 表面の荒削り、仕上げ削りを行います。(約1時間)
❽1mmの刃を使用して、Appleマークの穴あけ加工と接続部分(勘合部)の加工を行います。
❾パーツを二つに分ける削りを、刃を替えて行います。
❿ 上部パーツを360度回転軸に設置して、サイド(volumeボタン、sleepボタン)部分の穴切削を行います。30分
⓫ 下部パーツ(電源コネクタ、mic、speaker)の穴あけ切削を行います。20分
⓬ 上部パーツのサンディングを行います。特に穴部分はよく触れる場所なので念入りに手作業で。
180番、240番、400番とヤスリ紙を替えて約25分ぐらい手作業で行います。
⓭ 下部パーツのサンディングを行います。
180番、240番、400番とヤスリ紙を替えて手作業で約15分ぐらい行います。
⓮ 上部と下部の接続部分の加工を手作業で約15分ぐらいで行います。
⓯ 裏面の平面均一サンディングを手作業で5分ぐらい行います。
紙やすり240番、又は180番で整えて、サンディングマシィーンを使い手作業で仕上げします。 -
- ⓰上部パーツに、下塗り、目止め、乾燥、磨き、4工程を手作業で10分ぐらいで施します。
⓱ 上部パーツに、中塗り、乾燥、磨きを手作業で5分ぐらいで行います。
⓲ 上部パーツに、仕上げ塗装、乾燥、仕上げの磨きを手作業で10分ぐらいで行います。
⓳ 下部パーツ、色付け塗装、下塗り、目止め、乾燥、磨きを手作業で20分ぐらいで行います。
⓴ 下部パーツに、色仕上げ、乾燥、仕上げ塗装、磨きを手作業で10分ぐらいで行います。 -
- ㉑ 上下パーツを合わせ、歪みや装着のチェックを行います。15分程度
㉒ 2つ合わせてコンパウンドで手作業で磨きを施します。5分程度、これで完成です。 -
- (注)NCルーターでの切削時間が長いのは、木材を高スピード、高回転で削ると焦げてしまいますし、歪みが大きくなります。特に硬い木材の場合は顕著に現れます。硬質の木材は大事にゆっくりと時間を掛けて削り上げて行きます。専用に開発された切削刃物は四種類の刃を使っています。iPhoneの機種別に刃物が用意されていますので大量の刃が用意されています。最も力もセンスも入る作業が、サンディングと塗装です。40分近く一個のケースを磨き上げると汗だくになります。塗装もちょっとしたゴミ、塗装ムラ、重ねて行く技術が要求されます。
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もの作りを始めた理由
- 社会人になり、コンピュータの仕事に就きました。趣味で中学生からギター馬鹿になりました。それから10年後に綺麗な渓流と出会い、フライフィッシングの道具を買い川に入るようになりました。釣竿を自分で作るようになりました。家に帰ると真空管アンプでレコードを聴く、自分で真空管アンプまで作り始めました。テーブル、椅子の傷だらけやジャンク品を買い集め自分で直して塗装して使う、もはや手が付けられない物作り好き馬鹿になってしまいました。リアルな「自然」と「物」に惹かれて行きました。いつの日かリアルな物作りをしたい。そんな思いが溢れるようになり、46歳から一家で木工品の物作りの道に入りました。
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夢だった木工職人について詳しく
- 木は本来、自然で無垢な物です。一つとして同じ物がありません。木目も違えば硬さも違います。一つ一つ、削り方も、磨き方も違います。また塗装しても同じで逆目だったり、順目だったり、色白の木だったり、濃い色だったり。
そう言う意味では人間と同じだなと思っていました。一つ一つ違う自然との対話するようなクラフト仕事、憧れていました。しかしITは新たな工具(道具)です。木工業界での活用は当時、未だ未だ未熟でした。自分が学生時代から長年関わって来た情報技術、高校生時代に先生から情報技術とは「情け」に「報いる」技術なのだよと教わりました。まさにクリーマさんに扱って頂いている弊社のプロダクツの中で「我杯(わがはい)」、「マギーカップ」は、そのような世界観を実現しようと思った新たなIT木工職人の道だと考えました。情報技術と手作業によるハンドクラフト技術の融合。父に送りたい、お世話になった人に贈りたい、上司に、定年退職に、誕生日に、還暦祝いに、貴方の握り手形を三次元スキャニングして自然の木に掘り上げて残して上げたい。そんな高度な記念品、恩を受けた情けに報いる記念品、これこそが夢だった情報技術木工職人でした。これを目指して一家で工芸・木工の世界に入って行きました。 -
人との関わり
- 前述の福祉施設と協働した椿茶の一次加工に加え、椿に関わる研究や商品開発、苗木の植樹、商談サポートは、神奈川県の相模女子大学さんと4年間、大船渡東高校さんと5年間行って来ました。どちらもバンザイファクトリーとの産学共同研究でした。成果としては、2018年度の大船渡市ビジネスコンテストに、相模女子大学さんは椿茶スイーツの発表をして大学生部門で大賞、岩手県立大船渡東高校さんとは椿燻製の研究発表で高校生の部門で大賞をとりました。
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今回の挑戦について(インタビューの挑戦についての紹介)
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レッドカーペットプロジェクトへの挑戦
- 今回のクラウド・ファウンディングで小さい苗木50本以上を目標に挑戦させて頂きました。小さい看板に株式会社クリーマ・クラウドファウンディングとたてて、そのエリアに植樹を行います。
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- ※レッドカーペットプロジェクトの内容を説明
岩手県陸前高田市の中心市街地、陸前高田駅(BRT)が徒歩10分の所に2.6ヘクタール(坪数換算7,864坪・東京ドーム半分程度)の土地、三区画に分離しています、その土地に椿を植樹して行きます。目標は成木の椿100本、10年程度の苗木2,000本、3年程度の苗木5,000本が目標です。10年以内に達成したいと目標に掲げています。苗木は企業さんがスポンサーになったり、個人がスポンサーになったり、地域の方々が山から採取して移植したり、椿茶の売上の中から寄付をしたり、レストランさんや、自動車ディーラーさんがお店で行うお客様への椿茶呈茶から10%の寄付が入ったりする資金を元に増やして行きます。植樹では地元の学生さん、ボランティアさん、企業さん、個人のご支援者さんと植えて行きます。植樹する椿は日本国原種である椿を主体としますが、それ以外に様々な椿の種類を植えた観光になる場所も作りたいので、多種類の椿を植樹して行きます。 -
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挑戦しようとしたきっかけ
- 陸前高田市の広大な被災土地に植える事が可能になり、今まで推進して来たレッドカーペット・プロジェクトとは規模が違い過ぎるので、クラウドファウンディングを使って加速したいと考えました。また、支援頂いた方々と陸前高田市が椿の植樹で繋がれば幸いです。
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人が集い創造することができる可能性を感じた
- 震災後、陸前高田市は町づくりを始めました。堤防、嵩上げ工事、商店街の復興、スポーツ施設の充実、図書館や市民の集まる場等です。その中心市街地から程近い徒歩10分〜15分程度の中心市街地である場所に大きな椿畑を作る等と言う事は被災地ならではのことです。椿が後に育てば、市内外の方が、そろそろ椿の花が咲く頃だ、通って見ようか・・となる可能性は高いです。また、大きな野球場が椿畑から2分程度の場所にあります。選手達からも椿の花が見えたら、どんなに素敵でしよう。
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なぜ、いま挑戦するのか
- 震災から10年、ここからの復興の難しさを感じています。市民は減り、商店や企業数も減り、復興工事の終わりを迎えています。これはすなわち雇用創出の減衰を意味します。しかし、物作り、産業作り、商品開発において、地域資源を活用する事で循環が始まると思います。そのため、インキュベーションをする姿を目に見える形で市内で暮らす子供達に見せてあげることが必要です。自分の故郷の中心に椿が育って行く。そこから仕事が生まれる。震災から10年、やっと工事が終わりかけている時になって未利用土地を使えるようになった今、挑戦出来る時が来た訳です。
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挑戦の難しさ
- 椿の苗木が全て順調に育つ訳ではありません。一旦根を張った椿は強い木になって育つのですが、その根が張るまでの年数と、そこから成木になるまでの年数は他の樹種の何倍もの年数を要します。枯れたら植え替え、栄養を取らせて、葉が育つまでは水分を取らせて、根元が乾きすぎないように管理します。子供を育てるように続けて行くのが難しい所です。もう一つ、市の管理する山の春〜秋は熊、蛇、虫、暑さ等環境が厳しいので、冬場に移植作業を行うのもなかなか辛いものです。近年クマ出没が多いので要注意な作業です。
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挑戦への想い
- 掲げたテーマは「被災土地に椿畑を作る」そして春には赤い椿の絨毯が広がっている、まるでレッドカーペットのようになる。予定地は中心道路脇なので道ゆく車も人も多い中心市街地になる場所です。ああ陸前高田にこんな畑が出来たのか、未来には、そこで椿の葉や、実を採取する姿が見える。椿を使った商品開発をしたい人が出て来る。いつの日か祠を建てて、その前で椿祭りをしたい。椿が年数を経て強い根を張って、災害に強い木になるように、このプロジェクトも、そこで暮らす人間に根を張った希望を与える場所になって欲しい。そんな想いです。
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リワードの紹介
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椿について
- 椿は日本国原産です。日本から海外に行き、フランスを中心としたヨーロッパ、中国などでも椿は可愛がられて来ました。シャネルの椿、オペラの椿姫は有名です。そして椿は緑茶の原種でもあります。チャノキ(茶の木、学名:Camellia sinensis)は、ツバキ科ツバキ属の常緑樹が緑茶なのです。
椿(ツバキ)」の花言葉は「控えめな素晴らしさ」「気取らない優美さ」。
赤い花の椿(ツバキ)の花言葉は「控えめな素晴らしさ」「謙虚な美徳」。
白い花の椿(ツバキ)の花言葉は「完全なる美しさ」「至上の愛らしさ」、素敵な花言葉です。 -
椿の特徴、気仙椿の魅力
- 陸前高田市、大船渡市、隣の宮城県気仙沼市、この地域は自生椿が沢山咲きほこる地域です。地元では椿を「気仙椿」と呼びます。やはり何と言っても気仙椿は、震災から何度も立ち上がるこの地の人々のような強い木です。寒い冬場を乗り越える気仙椿の実から取れる椿油はオレイン酸が85%以上になります。気仙椿は太平洋側の北限椿であり、この地方では春一番に花を咲かせる魅力ある花です。
- 手作業で採取しているのは写真等で確認出来ます。セシュウム検査を実施しています。2020年の検査では検知されませんでした。賞味期限、菌検査も検査センターには実施していますので安心です。
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最後に
- 個人的な内容から想い、経過して来た歴史、そして、今から行う事を、長々と読んで頂いて本当にありがとうございました。ご支援の程、ご検討を頂ければ幸いです。また、FB、Instagram , Twitter 等でシェアをしてくださると誠にありがたいです。宜しくお願いいたします。